世界各国の「たら」料理
「たら」料理が最も発達した地域といえば何といってもヨーロッパ。塩を多めに使った「タイセイヨウダラ」の塩蔵品は、バカリャウ(ポルトガル)、バカラオ(スペイン)、バッカラ(イタリア)などと呼ばれ、ヨーロッパの各地で名物料理の材料となっています。バカリャウ・ア・プラスは戻した「塩たら」とタマネギ、ジャガイモの細切りを卵でとじた、代表的なポルトガル料理です。バカラオ・アル・ピル・ピルはスペイン・バスク地方の料理で、ニンニクと唐辛子を使った、バカラオのオリーブオイル煮。英国では「たら」は白身魚のフライ「フィッシュ・アンド・チップス」となり、北欧では煮たりソテーした「たら」をバターベースのソースで食べることが多いようです。あっさりとして脂肪分の少ない「たら」は、オリーブ油やバター、またはラードなどとの相性が抜群で、合わせる油や組み合わせる食材によって、多彩な料理のバリエーションを生み出すのです。
- バカリャウ・ア・プラス
- フィッシュ&チップス
一方、アメリカ大陸でも「たら」料理には長い歴史があります。カナダやアメリカのニューイングランドでは「たら」を牛乳などで煮る具だくさんのスープ「チャウダー」が定番料理です。また、産地から遠く離れたカリブ海の西インド諸島でも、「たら」料理が発達しました。かつての三角貿易で、保存が効き栄養価の高い食料として、ヨーロッパから「塩たら」が持ち込まれたからです。「塩たら」のピラフはジャマイカやプエルトリコの伝統料理になっています。また「たら」の身をほぐして丸めたツミレやコロッケは、世界の様々な国でさまざまなかたちで味わうことができます。
- コダラのチャウダー
- たらコロッケ
日本でも、「たら」は古くから高級魚として扱われていました。豆腐やネギと一緒に煮る「たらちり」は「たら」料理の定番中の定番。出汁昆布は使ってもいいし、使わなくても「たら」だけで十分に出汁が出ます。ぽん酢でさっぱりといただけば、たんぱく質が豊富で低脂肪な、これ以上ないぐらいのヘルシー・メニューになります。また、冬の味覚「寒だら汁」(どんがら汁、じゃっぱ汁)は、寒の時期にとれた「真だら」を、身も骨も内蔵もぜんぶ野菜と一緒に煮込む、豪快な鍋料理です。
「真だら」の精巣は、さまざまな魚の「白子」のなかでも最もよく食べられ、美味として知られています。白子は鍋物に入れるほか、酢の物、焼き物、汁物などさまざまな料理があります。また、「真だら」の干物である「棒だら」は、水でしっかり戻してから醤油味で煮付けに。昔なつかしいお正月の料理になります。
- たらちり鍋
- 白子の酢のもの
低脂肪、低カロリー、高たんぱく
「たら」の脂肪分はわずか0.4%程度で、脂肪分はほぼないといってもいい魚です。エネルギーも100グラムあたりで70kcal以下と極端に低く、それでいてたんぱく質は15%以上。エネルギーあたりのたんぱく質や、脂肪分に対するたんぱく質の割合はとても高く、非常にヘルシーな食材であるといえます。ダイエットが気になる人や育ち盛り、スポーツで身体を鍛えたい人などにピッタリです。
「真だら」は太平洋のたらの王様
硬骨魚類分類群の「タラ目」には、500種以上の魚が分布します。そのなかの「タラ科」の一部「タラ亜科」に分類される魚が、一般的に「たら」と呼ばれているもので、「真だら」、「スケトウダラ」など10属23種が分布します。
<よく市場に並ぶタラ目の魚>
- 真だら Pacific codタラ亜科、マダラ属。単にタラ、またはホンダラとも呼ばれます。最大で全長120cm、体重23kg程度にまで成長する、太平洋で最も大型のタラです。北はベーリング海、オホーツク海、日本海、東北以北の太平洋岸、南はカリフォルニア沖までの北太平洋に分布します。褐色の背にまだら模様があります。沿岸から大陸棚斜面の底近くに生息する底魚。近年ではヨーロッパ諸国でもこの太平洋の真だら(Pacific cod)を輸入することが多くなっています。
- タイセイヨウダラ Atlantic codタラ亜科、マダラ属。太平洋の真だらの近縁種です。西大西洋のグランドバンク、グリーンランド、東大西洋はバルト海から北海、アイスランド沖、バレンツ海から北極海の海域に生息します。体長70cmから150cmになるタラ亜科中の最大種で、はっきりとした白い側線があるのが特徴です。欧米で単にタラ(Cod)といえばこのタイセイヨウダラをさします。
- スケトウダラ Alaska pollackタラ亜科、スケトウダラ属。スケソウダラともいいます。日本海、房総以北の太平洋岸、オホーツク海、ベーリング海、カリフォルニアまで、広く北太平洋に分布。体長60~70cm。目が大きく、下顎が上顎より前に出ており、口ひげが目立たないのが特徴。鮮度低下が速いため、かつては大部分がすり身に加工され練り製品の原料となっていました。近年は鮮魚としての出荷も増加。タラコはこのスケトウダラの卵巣です。
- コダラ Haddockタラ亜科。体長約110cm。北大西洋両岸に分布。背が黒灰色で、胸びれの上にはっきりとした黒く四角い斑があり、また黒い側線があるのが特徴です。真だらと違い、塩漬けでなく干物、燻製、冷凍、生、缶詰めなどとして流通します。イギリスではフィッシュ・アンド・チップスの材料となります。
- メルルーサ Hakeメルルーサ科、メルルーサ属。北半球から南半球まで広い範囲に分布します。体長70cm~100cmで、もっと大型に成長することもあります。真だらなどが属するタラ亜科ではないものの、タラ目の仲間で、食感は真だらにも似ています。安価なため外食産業や学校給食などでよく使われるほか、ファストフード店でフィッシュハンバーグの材料にもなります。
*店頭でよく見かける「銀だら」は、タラ目には含まれません。「銀だら」はカサゴの仲間で、「たら」より脂肪分が多いのが特徴です。
まだら模様が「たら」の語源
「たら」は漢字で「鱈」。魚へんに雪と書くのは、身が雪のように白いからという説があるほか、雪のころが旬であるからともいわれています。おなかいっぱい食べることを「たらふく食べる」といいますが、これは鱈腹つまり、大きな口をあけた「たら」の貪欲な様子が語源だといわれています。実際に、肉食性である「たら」は、貝類や他の無脊椎動物、他の魚類など何でもよく食べる大食漢なのだそうです。
そして、太平洋で最大の「たら」である「真だら」。実はこれ、「真のたら」だから「まだら」という名がついたのではなく、その身体にあるはっきりとした斑紋の「まだら」からきているという説が有力なのです。つまり、“まだら模様の魚”という意味の「まだら」のほうが先に命名され、そこから「たら=鱈」という言葉が生まれたというわけです。
- 大きな口とまだら模様
品質管理で実現した、匂いのない新鮮な「たら」
「たら」は、古くから塩蔵、干物として加工され、世界のあらゆる国で良質の保存食として発達し、人々の歴史を支えてきました。塩蔵や干物が発達した理由のひとつは、大消費地のヨーロッパから遠く離れたアイスランドや北極海、北アメリカの大陸棚に好漁場があったことがあげられます。
塩蔵や干物が発達したもうひとつの理由は、「たら」が生のままでは流通が難しい、つまり鮮度の管理が難しい魚であるためです。
- 塩蔵されたタイセイヨウダラ「バカラオ」(バカリャウ)
- 「たら」の干物(stockfish)
生の「たら」の独特の香りは皆さんご存知だと思います。よく言えば苔のような香り、悪く言えばアンモニアのようなあの匂いです。この匂いは「たら」の生態に関係しています。エサがあまり豊富でない海底近くにすむ「たら」は、「たらふく」の言葉通り、魚や貝など見つけた餌を何でも大きな口で丸飲みしてしまいます。その食べたものを消化するため「たら」は強力なたんぱく質分解酵素を持っています。「たら」が死ぬと内臓から染み出すこの分解酵素によって自らを消化してしまい、そのために腐敗が早く進行してしまいます。つまりあの匂いは「たら」本来の匂いではないのです。
足が速い魚であるため「たら」は歴史的に、塩分のとても強い塩蔵か、棒のように乾燥させた干物のどちらかで流通してきましたが、この問題を一気に解決したのが近年の漁船の船上で行う冷凍技術の発達でした。釣り上げてから短時間で活締めし高品質な冷凍処理を行った「たら」は、あの独特の「たらの匂い」がほとんど感じられません。また強い塩分にさらしていないため、「たら」本来のものだと思っていたバサバサした食感もなく、煮ても焼いてもふんわりした優しい食感に仕上げることができます。この冷凍技術のおかげで、遠く太平洋の北の果てで獲れた「たら」を、日本やヨーロッパでもおいしく食べることができるようになったのです。
ヤママサは、魚を痛めずに船上に上げる「延縄漁法」で、かつ船上での素早い冷凍処理を徹底した「たら」だけを取り扱っています。「たら」の香りだと思っていた匂いではなく爽やかな海の香りがする、新鮮で塩分が多すぎない「真だら」。ぜひ一度お試しください。
- 船上で速やかに活締め・冷凍
- 新鮮なマダラフィーレ
▼こちらのページもオススメ!
【おいしさの理由】ヤママサの「たら」はなぜおいしいの?
【たらレシピ】ヤママサの「塩たら」を使ったおすすめレシピ
「たら」 ―― 漁と食の歴史 ――
「たら」は長年にわたり人類の大切な栄養源でした。なかでもヨーロッパの「たら」の食文化はたいへん歴史が長く、タイセイヨウダラ(Atlantic Cod)は1,000年以上にわたりヨーロッパ文明を支えた食材であったといっても過言ではありません。その漁場開拓に活躍したのは北欧のヴァイキングです。コロンブスが西インド諸島を「発見」する500年前の10世紀末には、すでにアイスランドからグリーンランド、そしてカナダのニューファンドランドまで船を進め、豊富なたらの漁場を発見していたヴァイキング。「たら」を寒風にさらして干物にする工場も、アイスランドやノルウェーに建設していました。
- 大西洋を探検したヴァイキングの船
同じころ、「たら」を塩干しにしたのが今もスペインとフランスの国境近くに暮らすバスク人でした。伝統的に捕鯨を行っていたバスク人は、捕鯨と同じ塩蔵で「たら」を保存し、10世紀末にはすでに周辺国に輸出していました。バスク人のたら漁場はいったいどこなのか。それは長いあいだ秘密にされてきました。1492年にコロンブスが大西洋を横断し、1497年にはジョン・カボットがニューファンドランドに到達。そこに海面が盛り上がるほどの「たら」の好漁場があることを「発見」します。しかしそのころすでに、バスク人はこの漁場で盛んに漁を行っていたらしいのです。漁場を守るために新大陸の発見を宣伝しなかったのだという説があります。
- バスクの伝統料理「バカラオ・アル・ピル・ピル」
ニューファンドランドの沖合に広がる浅い海「グランドバンクス」とそれに続くアメリカのニューイングランド沖は、ラブラドル海流とメキシコ湾流がぶつかる世界有数の好漁場でした。これらの地域の領有権を勝ち取ったイギリス人は、入植者の栄養源として「たら」を活用したうえで本国にも送り、英国はフィッシュ&チップスの大消費地に。その後の英国海軍の快進撃も保存食の「たら」が支えたといわれます。辺境の地だったボストンの街は「たら」の基地として富を築き、マサチューセッツの州議事堂には木彫りの「たら」がシンボルとして飾られたそうです。
- 米国マサチューセッツ州、ケープ・コッド“たら岬”
19世紀までのたら漁は、母船の縦帆帆船「スクーナー」から降ろした小舟で漁師が延縄をあやつる、危険な作業でした。20世紀に入って動力船が発達しトロール網や冷凍技術も採り入れられると、大西洋の「たら」の漁獲量は増大し、乱獲が心配されるようになります。資源に乏しいアイスランドが、目の前の漁場が荒らされることを憂い領海の拡大を宣言すると、これに反発したイギリスとの間で「タラ戦争」と呼ばれる紛争がぼっ発。小競り合いは1958年に始まり、アイスランドの専管水域200海里が承認される1976年まで続きました。しかしこのときすでにタイセイヨウダラの減少は決定的になっており、大西洋ではその後、多くの海域でタイセイヨウダラの禁漁措置がとられています。
- 縦帆のスクーナーは19世紀まで活躍
日本では、人々が「たら」を日常的に食べるようになったのは、江戸時代(17世紀)以降であると言われています。沖合の深い海の底にいる「たら」を捕獲するのは容易なことではなかったのです。江戸時代、どこからともなく現れた専業漁師の民「カワサキ衆」が、特殊な船「カワサキ船」を駆って勇猛果敢に冬の日本海に漕ぎ出します。カワサキ衆は、延縄(はえなわ)の技術を駆使し北陸から北海道まで「たら」の漁場である「鱈場」を開拓していきました。カワサキ衆が開拓した漁場から「たら」が大量に水揚げされ、干鱈となって江戸にも運ばれるようになると、高級食材として人気を博し、当時の料理書にも干鱈の料理法が数多く紹介されるようになります。水で戻した干鱈をしょうゆとみりんで煮たり、焼いたり、酒に漬けたり、ごはんにまぜたり。バラエティーに富んだ料理が開発されました。
- 干しだらの煮物
明治、大正、昭和の時代になると、たら漁の漁場は日本海や日本周辺の太平洋から、オホーツク海、ベーリング海などの北太平洋の漁場へと広がり最盛期を迎えます。大正や昭和の前半に生まれた人にとって、「たら」はお馴染みの日常食であったのではないでしょうか。その後、各国の200カイリ規制で日本の船はオホーツク海やベーリング海で操業できなくなり、国産のたら漁は大幅に縮小することになりました。それでも、400年以上続いた「たら」の食文化は健在。ベーリング海でアメリカ船が獲る「たら」や日本近海で獲れる「たら」、また南半球で獲れるメルルーサなどが、今も私たちの食卓を飾っています。
- ベーリング海で操業するアメリカ船
参考文献:
「鱈~世界を変えた魚の歴史」マーク・カーランスキー著、池央耿[訳] 飛鳥新社
「タラ延縄漁法を伝えたカワサキ衆と沖漁業の確立」赤羽正春 日本民族学(182)